「叫びたし寒満月の割れるほど」古川龍樹師講演会

10月8日 年間第27主日、行橋教会に於いてこの日ミサの後、熊本にある生命山シュバイツァー寺の古川龍樹(りゅうじ)師による講演会が行われた。

古川龍樹さんは70年前に福岡市で起きた「福岡事件」の再審運動に取組みながら亡くなった、
父である泰龍(たいりゅう)さんの意思を受け継ぎ取組みを続ける僧侶。
「福岡事件」の主犯とされた死刑囚、西武雄さん(28年間冤罪を訴えながら1975年に処刑)
の無実を証明しようと、今も「叫びたし寒満月の割れるほど」~福岡事件から冤罪と死刑を考える~と題した講演を続け、再審開始を求める歩みを続けている。
講演では、福岡事件の概要(作られた事件、闇に葬られた真実)や不当な裁判の流れ、主犯とされた西武雄さんと教誨師として出会い、無実を確信し再審運動を始めた(故)泰龍さんの「わらじを履いて十年、死刑囚を救うため一人一人町や村を歩き続けた…無実の死刑囚を殺させてはならない…たったひとりのいのちすら守れない世の中を、私は信じることができない、無実で死刑にならない世の中を私は信じたい…でなければ私は救われない生きられない…私はわらじが脱がれない」と詩に詠んだ。死刑を執行させないための再審請求運動への父の強い思い。その後再審の機運は盛り上がったが、死刑囚として拘留が長引き衰えて行く西武雄さんの身を思い、国会に恩赦誓願の働きかけをした。
しかし国会での恩赦誓願から6年を経た1975年、恩赦が却下されたその日、あまりにも簡単に何の根拠もなく西武雄さんの死刑は執行された。28年間、無実を訴え獄中生活を送りながら、最期は恩赦で出られると信じて処刑されてしまった。
また獄中で西武雄さんが残した遺品や、無実の罪を晴らせぬ無念の思いを詠んだ句や写経、書き綴った日記や手紙などを紹介し西武雄さんの心情を語り、今もなお冤罪を生みかねない法の在り方や死刑制度、家族しか請求人になれない再審請求の難しさや法の不備、事件から70年、死刑執行から42年、時間の経過に伴い行き詰まっている再審請求運動について話し、「福岡事件」は決して過去の事件ではありません。
西さんのような人を見殺しにした社会を、私たち自身が責任を持って考えて行かなければいけないと訴えた。
講演の終わりに、父泰龍さんの「わらじ」を引き継いで行く、あきらめない思いを語り、2000年に亡くなった泰龍さんのドキュメントビデオを繋ぎ合わせた映像を見せ講演を終了した。