待降節第2主日メッセージ

☆待降節第2主日 12月10日

いのちの訪れ

〔聖書朗読箇所〕
第1朗読  イザヤの預言(イザヤ 40:1-40:5、40:9-40:11)
第2朗読  使徒ペトロの手紙(2ペトロ 3:8~3:14)
福音朗読 マルコによる福音 (マルコ 1:1~1:8)

待降節(たいこうせつ)に入り、2回目の日曜日を迎えました。
「待降節」と言われますが、ラテン語ではadventus(英語ではadvent)と呼ばれ、
「到来」「訪れ」を意味します。
「来る」ことが約束されているから、
私たちは待つことができますし、そのために準備するのです。

では、何がやってくるのでしょう。
今日の聖書朗読個所の「マルコによる福音」に
「神の子イエス・キリストの福音の初め」とあります。
そうです、「神の子イエス・キリストの福音」がやってくるのです。
約2000年前に「来た」、そして、また「来る」。
それだけでなく、イエス・キリストは日々私たちを訪れています。
そして、わたしたちの生活のただ中に「福音」(良き知らせ)を携えてやってきます。

イエスと出会い、教会共同体を通して体験した、
わたしにとっての「福音」(良き知らせ)は「あなたのいのちは尊い」
「あなたは大切なひと」というメッセージです。
そのメッセージはすべての人に向けられていると信じています。
それが実感できるとき、それを信じるとき、救いと慰めと平和があります。
同時に、「あなたは大切なひと」ということを実感できない現状があり、
多くの人が傷つき、苦しみ、命が奪われていくことも認めざるを得ません。

そんな現状の中に、何度も呼びかける声が響きます。
「主のために、道を備えよ」(参照:イザヤ40・1−5、マルコによる福音1・1−8)。
「神の子イエス・キリストの福音」が私たちの心の中に、
生活のただ中に「来る」ことを望みますか。
「主よ、どうぞお入りください」と伝えてみましょう。
すると馬小屋で誕生したように、
福音のいのちが私たちの貧しさ・乏しさのうちに生まれてくださることでしょう。

執筆者:平尾千衣子