久留米教会








【信徒数】 (2002.12.31時点)
 〈男〉466人 〈女〉609人 〈総数〉1075人

〒830-0031
      福岡県久留米市六ッ門町22-43
             TEL:0942-32-8011
              FAX:0942-32-7884

  創立年月:1878年(1880年?)
  宣教再開 教会法上の正式な設立年月日は不明  
  現聖堂の献堂:1955年5月15日献堂
            1975年11月16日完成

   保護の聖人:至聖なるイエスのみ心

【ミサ時間】
 主日ミサ(土曜日)19:00  (日曜日)06:00/09:00
 英語ミサ(毎月第3日曜日)15:30
 平日ミサ  06:30



【歴代主任司祭と在任期間】
   
主任司祭氏名  在任期間
初代 ミカエル・ソーレ神父  1878(1880)〜1917年
第2代 グスターブス・
          ロー神父
1918年〜1929年
第3代 ヨゼフ・ルイ・
        フレスノン神父
1929年〜1936年
第4代 フランソワ・
        レウツル神父
1936年〜1938年
第5代 ジャン・ムルグ神父 1938年〜1945年
第6代 アンジェロ・
     ベルナルディ神父
1945年〜1947年
第7代 ジャン・ムルグ神父 1947年〜1948年
第8代 棚町 正刀神父 1948年〜1958年
第9代 青木 保 神父 1958年〜1964年
第10代 牧山 藤房神父 1964年〜1969年
第11代 三村 邦明神父 1969年〜1986年
第12代 平田 敬 神父 1986年〜1992年
第13代 山田 成章神父 1992年〜1999年
第14代 三村 邦明神父 1999年〜2004年
第15代 浦川 務 神父 2004年~2014年
第16代 森山 信三神父 2014年~2017年
第17代 宮崎 保司神父 2017年~ 

【教会周辺道路】

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【小教区の特徴】(主な行事・活動)

 久留米教会は4市5郡と、教区でもかなりの広範囲の司牧を任せられている小教区である。信徒数は
実数900人に満たないが、主日のミサには400人以上の信者が参列している。
 現在力を入れているのは、まず青少年の育成である。特に、小・中学生は、男子は侍者、女子は聖歌
隊として典礼に積極的に奉仕している。
 また、人間として、信者として心を培うため、毎月個別のゆるしの秘跡を実施している。次に、教会全体
で取り組んでいるのが祈ることである。日曜日9時のミサの前にはロザリオの祈り、聖母月とロザリオの
月の5月と10月は毎日共同のロザリオの祈り、四旬節の金曜日には十字架の道行きを実施している。
 また、司祭・修道者の召命を求めて、毎月第2土・日曜日のミサに引き続いて聖体降福式を行い祈りを
ささげている。

【小教区の歴史】

 歴史は古く、1587年毛利秀包とその妻大友宗麟の娘マセンシア引地が久留米に入城後、熱心に宣教
がなされ、城下町に伝道所を設立、二人の神父が常住し、7000人の信者がいたと記録される。また2つの
教会堂が建設され、内一つは秀包によってキリシタン瓦葺きの教会が現在の久留米市役所の位置に
建設されたことが発掘により判明している。
しかし、関ヶ原の合戦の敗北による領地替え、江戸幕府による弾圧により、一部の信者は今村地方に
逃れ、後は壊滅した。
 再宣教開始は1878年ソーレ神父様が久留米に着任したことによる。ソーレ神父様は、六ツ門町
(現教会)と日吉町(現駐車場)の土地を購入し、日吉町に教会を設立した。
 また、医学の心得を生かし、六ッ門町に医療施設「斯道院」を設立した。この斯道院で福岡教区初代
教区長チリ司教様が帰天され、久留米の墓地に埋葬されていた。また、基山の3名の改宗と教会設立を
なしている。手狭になった教会はロー神父様によって日吉町に時計塔付きの煉瓦造りの教会として新築
されるが、1945年8月11日空襲によって焼失した。
その後、1955年棚町神父様により現在の六ツ門町に教会堂が新築移転された。


幼稚園について
 教会敷地内に学校法人福岡カトリック学園「久留米聖母幼稚園」がある。この幼稚園は元々レウツル
神父によって1937年9月20日に設立され、福岡教区立の幼稚園として運営されてきた。
平成6年学校法人福岡カトリック学園設立の際、経営が移管された。