ものがたり

復興はたやすくない、けれど一歩一歩確実に – 熊本・人吉豪雨から1年 –

Hitoyoshi, KUMAMOTO: 1 Year After the Rain Disaster

 令和2年(2020年)7月4日、前日からの記録的豪雨で熊本県南地域を中心に多くの死者・行方不明者がでた豪雨災害が発生。あの日から1年。カトリック人吉教会(熊本県人吉市寺町)の信徒会会長である中村美穂子さんは「本当に時間が過ぎるのは早いです。色々な方から支えられた1年だったと思います」と振り返る。

 中村さんが綴ってくれたこの1年の歩みをここに紹介する。

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人吉教会の信徒たち

変わり行く街並み

 発災時、中村さんは人吉市の中心から1.5Kmほど離れた自宅にいた。「全く状況がつかめないまま変わり行く人吉を呆然とテレビで見ていました。」中村さんの職場は甚大な被害を受けた熊本県人吉市中心部の九日町通りにある。「絶対に浸水しないと言われていた場所だったのに、(画面越しに)見ているうちに、目の前で濁流が擁壁を超えていくのが衝撃的でした。そして、その場に行くこともできず、行こうと思っても立ち入り禁止でどうしようもなかったです。」

 発災翌日5日の教会でのミサ(礼拝)は急遽中止となった。「主任司祭であるマッケイ神父に連絡が取れ、30メートル近くまで水が来たが、教会は大丈夫だったことを聞き、一安心したことを覚えています。その日のうちにカトリック福岡司教区、カトリック熊本地区宣教司牧評議会の方から、状況確認などのため交通機関もままならない中、支援物資を抱えて来てくださいました。感謝感謝でした。」

   

 

支援で築かれたつながり

 その後は全国から支援物資が次々に届き、あっという間に教会の信徒会館は段ボールの山になった。「教会の信徒だけでなく、必要な方に支援物資が届くようにとマッケイ神父と相談し、隣の人吉幼稚園講堂を支援物資提供場所として確保しました。」人吉幼稚園は(学法)ステラマリス学園が運営し、教会に隣接している。人吉教会の信徒たち、幼稚園の教職員、熊本市内のカトリック教会のメンバー、カトリック福岡司教区の災害被災者支援室などが連携して、支援を進めた。若い人にも情報が届くようにとFacebookでも支援物資の情報を発信した。

 「夏場の支援は7月20日から8月末まで、ほぼ毎日通うことで、時間ごとに変化する必要物資の把握に努めるとともに、教会メンバー以外の方とのつながりもできました。」「支援が必要だと思われる人がいると聞けば、そこにお米を届けたりしました。そのような形で出会った方が、ふと教会を訪れて下さったり…今も聖堂に祈りに来られる姿を拝見します。」

 支援物資の提供場所は被災者同士の情報交換の場ともなった。「私たちのところには家具・電化製品の支援物資はなかったのですが、そのような支援物資がある場所を教えてもらることができたりして、必要な方につなげることができました。」「また胸の内を吐露する場所がなかったのか、支援物資を取りに来られて被災状況を話されていく方もいらっしゃいました。」

支援物資が置かれた幼稚園講堂

   

コロナ禍中での災害支援

 今回の災害はコロナ禍で起こり、これまでの災害支援とは違う様相を呈した。ボランティアの受け入れに関して被災者は困惑した。「緊急事態宣言もあり、県内だけの受け入れではスムーズな作業は厳しかったようです。それでも、県内の信徒の皆さんには何度もボランティアとして参加していただき、本当に人の優しさと神さまのお導きを感じた日々でした。」

 中村さんたち信徒は教会の信者名簿から被害が大きそうな地域の信徒に連絡を入れた。長い間、教会を離れていた人の中には「教会にも行っていないのに、支援を受けて本当に良いんですか」と戸惑いつつも「声をかけてもらい嬉しかった」との声が多く聞かれたという。支援を届けに出かける時には一人で出かけるのではなく、誰かと一緒に出向いた。そのような一つ一つの歩みの中に、普段は感じにくい「神様の導き、存在」を心に留めることができた、と中村さんは振り返る。カトリック福岡司教区からの義捐金は、人吉地域で22世帯、約50人に届けることができた。「信徒同士のつながりや、声かけの重要性を再確認できました。…また、8月の猛暑が続く中でも各教会からのボランティアは継続され、少しずつではありますが前へ進むことができました。」

  

  

一歩一歩確実に

 2020年9月には台風10号が来て、また被害が出るのではと信徒達は心配し、これ以上被害がないようにとの祈りを捧げた。10月から冬場にかけて、寒さ対策などの支援物資対応を行うと同時に、リフォームが進む中での新しい生活への支援を検討していった。

 「年内に自宅に戻られる方もありましたが、まだまだ解体が順番待ちの状態でみなし仮設で過ごしている方もいらっしゃいます。手つかずの場所もまだ多く残っています。復興とはそう容易いものではない、一歩一歩、時間をかけて進むものだと痛感します。」

 街中は、徐々に解体が進んで更地が増えてきている。豪雨で被災したJR九州の肥薩線の線路は雑草が伸びたまま。球磨川にかかる橋の欄干には去年の水害の雑木が絡まったままの状態だ。

 「2021年6月の大雨の時には警戒アラームが鳴り響いた。昨年被災された方はアラームを聴いて、トラウマで震えが止まらなかったという方もいました。その中、多数の教会から安否の確認やお声かけをいただきました。この1年を通して感じていることは人々の優しさ、思いやりの深さ、絆の尊さなどです。言葉では言い表せないほどの感謝です。カトリック教会から来られるボランティアの皆さんは笑顔が絶えず、『できることをしているだけ』という見返りを求めない、無償の奉仕の姿を感じました。また神様によって結ばれていることを感じました。」

  

 

 

 

 



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