祈りと奉仕(ディアコニア)
白 政昊(べク・ジョンホ)大名町教会
こんにちは!
爽やかな春の香りが満ち溢れる恵みの聖母の月を迎え、使徒ヨハネ ペク・ジョンホ(大名町教会所属)がご挨拶申し上げます。今日は、私がこれまで経験したことのない「恵みの責務」について、一人の人生の舞台を通じて、見て、聞いて、演じてみた経験を皆さんと分かち合いたいと思います。
皆様もご存知の通り、私たちの教会は、御言葉の宣教と証し、交わりと典礼、そして祈りと奉仕(使徒言行録2・42)という聖事によって成り立っています。ところが、教会を出て日常生活の中で行われるこの「祈りと奉仕」という「恵みの責務」について、「あなたはどれほど忠実に果たしていますか?」と問われたら、私は恥ずかしくてうつむいてしまいます。そんな中、昨年の今頃、交通事故のため松葉杖をついて日曜ミサを終えた私に、ヨブ記に関する御言葉の分かち合いの演劇への参加を勧められ、これはもうこれ以上逃げてはいけないと思い、不安や心配はありましたが、神の助けを信じて快く参加することにしました。ところが、台本の中のヨブとKさんの苦しみは、読むたびに毎回違った意味で私の心に響き、なかなか台本を覚えられずずっと苦労しましたが、最後になってようやく「神を畏れること、それが知恵である」 (ヨブ28:28)という言葉から、それまで混乱していた心が解け、ありのままに[聞き]、[共感]し、共に[祈る]ことができる恵みあふれる祝福の機会を得ました。私の中で生きて働いておられる神の御言葉に、ただ感謝と賛美を捧げるばかりです。
最後に、「恵みの奉仕」は単なる責務としてだけでなく、御言葉の中で自分を捨て、人生の苦しみを喜びへと変えていく私たちキリスト教徒が得ることができる特別な恵みの贈り物であるため、皆さんも「恐れることなく立ち上がり」(マタイ17・7)、主なる神の恵みへの招きに、躊躇することなく即座に応えてみてはいかがでしょうか?という言葉で締めくくりたいと思います。
最後までお読みいただき、感謝申し上げます。




