福岡教区・教区報10月号 4面 外国語コラム

             

CHỦNG SINH “KHÔNG CÓ NGHỈ HÈ

神学生にとっては夏休みはない」

Chủng sinh Giuse Võ Tá Phượng(Viet Nam)

ヨセフ・ヴォー・ター・フオン(ベトナム)

                                   

 校庭にフェニックスの花が満開になり、セミの声があちこちに響き渡り、夏の到来を告げています。夏休みは一年中待ち望まれる期間で、学業を一時中断するだけでなく、周囲の世界を通じて興味深いことを発見して、思い出に残る経験を作る機会です。夏休みの活動は多様で豊かです。多くの人にとって、旅行が第一の選択肢です。新しいところを訪れることで、日常生活では体験できない多くの新しいことを発見する機会にもなります。時には、夏休みは、様々な事情で頻繁に会えない親戚や友人を訪ねる機会にもなります。一緒に遊びに行ったり、酒を酌み交わしながらの再会は、楽しみを生むだけでなく、関係を深め、忘れられない思い出を作り出します。

          

 しかし、未来の牧者である神学生にとって、夏休みは単に休息やリラックスのためだけではありません。それは、聖なる召命への熱意を示し、将来の司祭生活のための大切な経験を得るために、司牧活動を行う非常に貴重で重要な期間です。私は福岡教区の神学生ですが、母国で学んでいるので、神学校での学びに加えて日本語を練習することがかなり重要です。それは、教区の現地の人々に司牧をするための手段であり、また地元の人々と文化交流する機会です。言語の習得の必要性を認識し、教区の養成担当の神父様方は、私が教区に戻る期間中に日本語を磨く機会を用意してくださいました。これは、ベトナムの神学校で一年間ずっと、日本語に触れる時間と場所や機会のない神学生にとって大切なことです。

             

 フランシスコ教皇は使徒的勧告『キリストは生きているChristus Vivit』で「…若者は世界の未来、というだけでは足りません。彼らは世界の今であり、彼らなりの貢献をもって世界を豊かにしています」(64)と述べています。確かに、若者は教会と社会の未来です。いくつかの小教区でのサマーキャンプへの参加、特に毎年開催されるFYCC(Fukuoka Youth Catholic Camp)を通じて、青少年の若々しさと情熱を感じました。参加者数は多くないですが、何よりも教区内の青少年同士の連帯ができて、彼らの信仰生活を支える機会になっています。青少年たちと交流し接する以外にも、サマーキャンプは自分が出会う小教区の信者さんとの関係を築き、親しくなる場所でもあります。

               

 聖なる召命の道を進めば進むほど、自分にはまだ多くの欠点と弱さがあることを感じます。未熟で不完全です。皆様の祈りの中で、私のことを覚えて、「あまり人が歩まない」この道を私がしっかりと歩み続けられるよう、祈ってください。

               

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