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特集:「コロナ禍の中にこそ、すべてのいのちを守る」③

9月1日から11月30日まで、福岡教区養成教化委員会の企画で、フランシスコ教皇訪日の際に使われたメッセージ「すべてのいのちを守る」をさらに考え、その理解を深めるために資料が提供されます。毎週火曜日更新。

⇒ 特設サイト「コロナ禍の中にこそ、すべてのいのちを守る」


 

「コロナ禍の中にこそ、すべてのいのちを守る」③ 2020年9月15日

~教皇フランシスコと共に考え、実践するために~

  

「わたしたちは、責任をもって地上の財を使用する義務とともに、他の生き物たちが神の目から見ればそれ自体で価値があるということを認めるように促されています。生き物たちは『ただ存在するだけで神をたたえ、神に誉れを帰して』おり、それゆえに主はご自分のわざを喜ばれるのです(詩編104・31参照)」

( 『ラウダート・シ』ともに暮らす家を大切に 69)

ゴミ問題に対する観点

「人類史を振り返ると、人間は自然の法則では決して起こりえない変化を人為的に起こし、自然界では循環不可能な化学物質を、大気や土壌、水環境にもたらしました、さらに、産業は開発によって、爆発性、毒性、感染性など人の健康や生活環境を害するおそれがある廃棄物、人類史上最大のゴミ問題と言われる放射性廃棄物を生みだしてきました。近年では、宇宙開発に伴う宇宙ゴミも急増しています。しかし、もっと広い視野で人類の歩みを振り返ってみると、そもそもこの世にゴミなどという言葉は存在しなかったことに気がつきます。ゴミという概念はいつ、どのようにもたらされたのでしょうか。

自然は人間がいなくても存在しつづけることができますが、人間は太古の昔から衣食住、生活に必要なものをすべて自然界から得てきました。何がゴミで、いかに廃棄されるかは、その時々の社会を映し出します。人間にとって、ゴミとは生活で役に立たない不要なもの、人間にとって都合が悪い厄介な物として生活空間から排除されるからです。

一般的に、ゴミとは人間の暮らしに不要なもの、特に経済的価値のない物をさしますが、回勅でいうゴミとは、人間のふるまいによって神の被造界を汚すこと、被造物としての人や自然の存在を軽んじて不要なものとみなすことだと言えます。人間の目から見れば不要なものでも、神の目から見たら慈しむべき被造物であること、自然にとって利用可能な資源ではなく、兄弟姉妹だということ思い起こすように伝えているのが環境問題なのだと思います」

  

出典:オリエンス宗教研究所発行 『福音宣教』2020年2月号 57~63ページ、吉川まみ、「ゴミ問題に見る地球環境問題の本質-汚染、廃棄物、使い捨て文化」


 

ふりかえりましょう

①この文章を読んで、あなたの心に留まったところ、響いたところはどこの部分ですか。それはなぜでしょう。

②この課題について、あなたの生活の中でどのように実践することができるでしょうか。


  

9月1日から11月30日まで、福岡教区養成教化委員会の企画で、フランシスコ教皇訪日の際に使われたメッセージ「すべてのいのちを守る」をさらに考え、その理解を深めるために資料が提供されます。毎週火曜日更新。

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